感謝をしていると、もっともっと感謝することが起こってくる

おはようございます、あやこです。

 

写真のプチトマトたちは、叔母から送られてきたものです。

このトマト、すごく小さかったり形が不揃いでも、フルーツみたいに甘くてすごくおいしいんです!

いっぱい送ってきてくれたので、おやつがわりにいただきます。

両親だけじゃなく叔母まで、私のことを心配して、食料を送ってくれます。

トマトを食べながら、しみじみ、私は、今までたくさんの人に愛されて育ってきたんだなって思いました。

本当に感謝です。

 

そんなことを想いながらも、

私はいつも、

「感謝が足りない」

「全然感謝してないでしょ?!」

「当たり前だと思ってるでしょ?!」

そんな風に、よく両親やメンターから言われていました。

 

今思えば、そうやって言われていた頃の私は、やっぱり感謝が足りなかったんだと思います。

私なりに感謝しているつもりでしたが、相手に伝わっていなければ、いくら感謝の言葉を述べていても、結局口先だけ。

感謝している態度ではなかったんだと思います。

 

どうしてもはじめから「ある」ことが当たり前の状況の中にいると、その状態が当たり前すぎて「ある」ことすら気づきません。

その状態を「ある」とは思えず、「もっと欲しいもっと欲しい」と思ってしまい感謝なんてできません。

本当に私、傲慢でした。

お恥ずかしい限りです。

 

私は長年、十分すぎるほどすべてを与えられていたのに、自分の周りには「ある」ことに気づかず「ない」ばかりを見ていました。

そんな状態では、感謝の気持ちなんて湧いてきませんよね?

 

「ある」ことに気づかず「ない」を見ていた私はどうなったかというと、今まで本当は当たり前に与えられていたものでも、それを少しずつ失っていき、本当に「ない」状態を経験していきました。

 

そこでようやく、今までの自分がどれだけ恵まれた状況の中にいたのかということを知りました。

「ない」状態を経験していくと、少しでも「ある」と本当に有り難く感じます。

与えられたことに感謝し、すごく大事にしようと思います。

 

この、大事にしようという気持ちが前の私にはありませんでした。

そりゃ「感謝してない」って言われますよね?

当然です。

 

幸いなことに、私には、間違いに気づかせてくれ正しい道を示してくれる人がいました。

それも本当に有り難いことです。

そのままの私だったら、今「ある」ものをもっともっと失っていったことと思います。

 

そんな経験をしてからは、必要以上に「もっと」とも思わなくなりました。

少しでも「ある」と思えれば、本当に有り難く感じます。

今までは、それが当たり前にもっとある状態でも全然感謝できていなかったのに、それを失くしてみると本当の有難みがわかるようになります。

私には、この経験が絶対に必要だったと思います。

この経験をしてから、色々自分の周りに「ある」ことに気づけるようになりました。

 

だから今なら、「感謝しなさい」という意味がよぉくわかります。

どれだけ「ない」と思っても、本当は多くを与えられています。

ただ気づいていないだけ。

たとえ与えられていることに気づけなくても、それでもちゃんと感謝していれば、不思議なことにもっと与えられ、もっともっと感謝することが起こってきます。

これはうそではありません。

私がそうだからです。

私はそうやって成功していきました。

 

私は本当に「ない」状態を経験したことで、当たり前にあるものほど価値を感じるようになりました。

そうして、与えられているものに感謝していたら、それが少しずつ増えていって、気づいたらすごいことになっていきました。

はじめは気づかないぐらいだったとしても、それでもそこに感謝していれば、どんどん増えていって、もっともっと、もっと感謝する状況がやってきます。

 

今自分の置かれている状況、それすべてが与えられているものです。

そう思って感謝し、経験自体を大事にしていると、もっともっと嬉しいこと起こってきます。

 

今日も最後までありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です