気づきを得るということ

 

こんにちは、あやこです。

 

今日から2月がはじまりました!お正月からあっという間でした。

 

さて、今日は気づきについて書いてみたいと思います。

最近、私はまたまた新たな気づきを得ることができました。

何度も何度も気づきを繰り返し、色んな角度から自分を観察しているつもりでも、まだまだ隠れていた自分がいました。

気づきが起こる度に一枚一枚薄皮が剥がれ落ち、新しい自分になっていきます。

この作業は、私というフィルターを限りなくクリアにしていく感じです。

 

みなさんも、日々多くの気づきがあると思います。

私はつくづく思うのですが、気づきって本当に不思議です。

いつも見ている風景、いつも聞いてる言葉、いつも会う人、自分ではいつもと何も変わらない感じに思えても、なぜかふといつもと違う感覚になって、自分の奥深くに入り込んでくることありますよね?

それって、その時そのタイミングだから起こったんですよね。

すべてが完璧にそろった時にしか起こらない。

その完璧さは、私たちのレベルでは到底理解できる範疇を超えているわけですから、こうすれば気づきが起こるなんて、絶対にわかりっこありません。

だから、おもしろいと思います。

「こうすれば正解」がないんです。

 

もし、どうしたら気づきが得られるのかが事前にわかってしまったら、人生に何のおもしろみも感動もなくなってしまいます。

人それぞれ気づきのプロセスが違うからこそ、人の数だけ物語があって、自分にしかその物語は創れない。

 

たとえ、壁にぶつかって、先の見えない不安に襲われることがあったとしても、絶対に乗り越えられないことはないと私は思っています。

でも、そのことを誰かが教えてくれたとしても、自分で乗り越えようと動き出さなければ先へは進めません。

いくら周りの人が大丈夫だと励ましてくれたとしても、自分がそのことを信じられなければその壁は乗り越えられないのです。

 

人が生まれ、その人が今に至るまでの様々な過程ですべてが決まります。

すべてが決まるということは、すべて自分で決断し選択することができるということです。

その選択ひとつが全体に大きな変化をもたらします。

だから、慎重でなければならないし、慎重すぎてもいけない。

 

結局、私は何が言いたかったのでしょう(笑)まとまらなくなってしまいました。

 

気づきを得るためには、常に準備が必要だと思うのです。

準備ができていなければ、せっかくのチャンスがあっても、そこに気づきは起こらず流れていってしまいます。

気づきが起こったということは、その時が完璧だったということ。

早すぎることも、遅すぎることもないのです。

すべては完璧なタイミングでしかありません。

その完璧なタイミングで起こった気づきから、何を学び、どう展開していくかは、その人次第です。

そこに正しいも間違いもありません。

ただその人が何を表現したいかで、選ぶものが違ってくるだけ。

 

今回私に起こった気づきによって、改めて私が進むべき道がはっきりしました。

もともとそこを目指していたつもりでしたが、そこへ行くにはまだまだ足りないものが浮き彫りになりました。

そして今の私には何が必要か?を考えるきっかけになりました。

まだまだ手探りの段階ではあるけれど、目指すべき方向がより明確になり、あとは自分で進んでいくだけ。

 

気づきは、あらゆることから得ることができます。

その気づきを当たり前のように通り過ぎることもできるし、その気づきを使ってより高い自分を目指すことも可能です。

ですから、みなさんも日々の気づきを大切にしてください。

そして、可能な限り最高の自分を表現することに挑戦してみてください。

私も挑戦していきます!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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