子供の想いと親の想い

 

こんにちは、あやこです。

 

3月の終わりから、母が私の家に来て一緒に生活をしています。

とりあえずは半年ほどいる予定。

 

随分一緒には暮らしていないので、やはり何かと面倒なことが起こっています。

 

家族とはいえ、それぞれ違った価値観を持っています。

一緒に暮らしていた子供の頃と違い、私もいい歳をした大人です。

ですから、子供の頃には気づかなかった親の色んな面が見えてきます。

だから余計に、母の言うことを素直に聞けなくなっている自分がいるのです。

でも、母からしたら私はいつまで経っても子供です。

ついつい昔と変わらず「この子大丈夫かしら?」と心配になって、口や手を出してしまうのでしょうね。

 

こうしてブログを書いている今は冷静に見れている自分がいますが、

小言を言われた時には、やはりイラっとしてしまい口げんかになってしまいます。

これが、全くの他人だったらお互いの価値観を尊重できたかもしれないけど、

やっぱり家族だからこそ甘えが出て、許せない部分も多くなってしまいます。

 

私は、まだ親になったことがありません。

だから、親が子を想う気持ちを想像はできても、それは所詮想像にしか過ぎません。

母も私に対して、所詮子供には親が子を想う気持ちはわからないと思っていると思います。

 

間柄が近ければ近いほど関係性は難しいですね。

 

結局、私は、母をひとりの人間として尊重しようとしていたものの、

母親としての母に対しては、全く尊重できていなかったことに気づきました。

娘の目線で母を見て、私を信じてくれていない母に怒りや悲しみが入り混じっていたのです。

私は母に、「やってくれて当然で、全く感謝の気持ちがない。」とよく言われていました。

確かにそれは事実だったと思います。

母にそう思われても仕方のない部分はありました。

でも、ここ最近で変わってきている私がいるのに、母には伝わらない。

わかってもらえないことに、結局腹を立てていました。

それでは、感謝の気持ちがないと言われても仕方ないですね。

私的には、感謝しているつもりでしたが、所詮まだまだつもりだったのです。

 

母に言われました。

「感謝の気持ちは伝わってこそ意味がある。感謝していれば、かならず相手には伝わる。」と。

だから、私の母に対する感謝はまだできていないということです。

決して感謝していない訳ではありません。

でも、まだ子供の自分が抜け切れていないんですね。

 

昔だったら早く自立しなきゃと思う自分がいました。

今もそんな自分がいたりもしますが、だからと言って自分を必要以上に責めることはなくなりました。

甘えれるところは甘えようとも思ってます。

近いうちにちゃんと、両親へ感謝の気持ちが伝わったらいいなと思います。

 

母のいる半年の間に、まだまだ私も成長の余地がありそうです。

みなさん、楽しみにしていてください!

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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